くじら

はぁ、ずるいなぁ。

と時間が経ってからじわじわ実感する。

朝から晩まで聴くようになった新しい旋律、その人がくれたシャグは肺の奥まで染み渡り、最初は何事もなかったかのように振る舞えてた私の内臓を少しずつ侵食していく。

バニラの香水は今まで甘ったるくて身につける気にならなかったけど、タバコと合わさる官能的な芳香を知ってしまった。

私が手巻きタバコを巻く傍ら、ポロンポロン弾くその人の指がちらちら目に入る。

その時の曲をいつしか朝から晩までかけるようになってしまったし、同じ曲なのにプレイヤーの弾き方の違いにまで気づいてしまう。

 

部屋の奥から出てくるスカーフやバッジやポストカード。民族衣装の話になり、ターバンを巻いて見せた髪をすり抜ける指の柔らかさが脳に抜ける。耳、顎に滑らせた指先で、私は猫扱いですか。と突っ込みを入れる。

そうでもしないと戻れない気がした。

 

恵方巻きを探しにスーパーに入ると、その人が朝に飲んでいた豆乳をふと思い出す。あれこれ考える前に私は乳製品コーナーから離れ、恵方巻き、恵方巻き…と意識を集中させる。

 

あぁ、

視覚も聴覚も嗅覚も触覚も味覚も。

 

感覚を持つ全ての細胞がその人に触れられていた。

 

 

祖母に電話をかける。

 

とある先輩が自分の部屋にクジラと魚と猫の置物集めたり自分らしい部屋作りをしてるのに感化されて、私も天井から布を垂らしたり植物とか買い始めたんだよね。

 

ばあばは、私が先輩を真似て動物の収集に走らないのが面白いねと言った。その人につられてレコードを買ってしまったことは言わなかった。