愛の麻痺

 今振り返るとそれはすごく自然に始まった出会いで、少しの緊張と勇気を含有しながら、それでいて無理がなく2人くっついた形だったように思う。

特に無理して自分を魅せるわけでもなく、それでも自然過ぎることなく確実に相手の存在を意識はしていた。

田町のカフェで突如エピローグへ向けて始まったあの5月はあまりに自然でそれでいて高揚感に満ちていた。

お互い受験生だったから遊び呆けるわけにも行かず、それでも一緒に勉強している時間は確実に愛の時間だった。

美大志望だった指先が鉛筆を通して紙をなでる。その眼の先には私がいたり、いなかったり、いない時は側でその彼の鉛の運びを穏やかに眺めていた。

お金があるわけでもなく、進路さえ定まっていない、日々不安のヴェールの下にいた私たちは1番現実から遠い場所にいたし、相手の気持ちをわざわざ確かめるようなこともしなかった。

それでも私の数少ない直感を脳に送っている心臓の核の側にはお互いの存在があって、一緒にいない日が来るのがあまりに不自然すぎてそのことを考えもしなかった。

 

眩しい日々の中にいた。

 

回想する今、瞼の裏にうっすらと光を感じる。

これはヒトの性によって、嫌な記憶が忘却したためではないし、嫌な記憶や、ズンっと心に嫌な不協和音を起こした思い出も確かに脳裏に残ってはあるけど、確実に私は彼と生きていた。

陳腐に、自分の居場所を見つけた、でも自分らしくいられた、ともなんとでも言えるが私はしっかりと自分の口で自分の吐く息を感じて生きていた。

 

人生のジェンガは一度崩すと、次また組み立て上げて遊び始める時、木のピースを抜く手に緊張が加わる。

このピースを抜いたら崩れないだろうか。

倒すことを恐れて絶対に崩れない安全なピースばかり抜いて時を過ごしていると、ゲームを率直に楽しむ心を忘れるし、ジェンガを確実に支えるピースを感じる感覚が鈍ってくる。

私はもうずいぶんと自分の吐く息を感じていない。