くじら

はぁ、ずるいなぁ。

と時間が経ってからじわじわ実感する。

朝から晩まで聴くようになった新しい旋律、その人がくれたシャグは肺の奥まで染み渡り、最初は何事もなかったかのように振る舞えてた私の内臓を少しずつ侵食していく。

バニラの香水は今まで甘ったるくて身につける気にならなかったけど、タバコと合わさる官能的な芳香を知ってしまった。

私が手巻きタバコを巻く傍ら、ポロンポロン弾くその人の指がちらちら目に入る。

その時の曲をいつしか朝から晩までかけるようになってしまったし、同じ曲なのにプレイヤーの弾き方の違いにまで気づいてしまう。

 

部屋の奥から出てくるスカーフやバッジやポストカード。民族衣装の話になり、ターバンを巻いて見せた髪をすり抜ける指の柔らかさが脳に抜ける。耳、顎に滑らせた指先で、私は猫扱いですか。と突っ込みを入れる。

そうでもしないと戻れない気がした。

 

恵方巻きを探しにスーパーに入ると、その人が朝に飲んでいた豆乳をふと思い出す。あれこれ考える前に私は乳製品コーナーから離れ、恵方巻き、恵方巻き…と意識を集中させる。

 

あぁ、

視覚も聴覚も嗅覚も触覚も味覚も。

 

感覚を持つ全ての細胞がその人に触れられていた。

 

 

祖母に電話をかける。

 

とある先輩が自分の部屋にクジラと魚と猫の置物集めたり自分らしい部屋作りをしてるのに感化されて、私も天井から布を垂らしたり植物とか買い始めたんだよね。

 

ばあばは、私が先輩を真似て動物の収集に走らないのが面白いねと言った。その人につられてレコードを買ってしまったことは言わなかった。

自分を取り戻す作業

変な人がいそうな場所に行く

古本屋、骨董屋

変な街に住む

バランスをとりつつ

根拠のある、考えた奇行

話の途中で思いついたことを、ぶっこむ

抜けてるところ

音楽を聴きながら起きる

ちょっとオーバーくらいに行動して修正していく

レコードを聞く

昔の限りあるものの良さに触れる

違う時間軸で生きる

みうらじゅん

2017年の私

あなたは今すごく悩んでいると思います。毎日暇があれば検索して色んな事例見て気分を落ち着かせたり、やっぱり…

と直感だったり周りだったり色んなものに想いを馳せてこれから取る決断についてどうするべきか悩み続けているでしょう。

しまいには将来の家庭がどうなるか、なんかにも想定を巡らせてなんとか答えを出そうとします。

そしてこの思考力が後にあなたの糧になり、また未来を難しくする一つにもなるでしょう。

あなたの悩みは直に晴れますが、インフラや技術が拡充されて叶わないことなんてほぼほぼなくなる21世紀において2度と手に入れられない大切なものを失い、本心から離れたところに核を移して生活を再構築しようともがく4年間がはじまります。

彼を思い出すたびに、毎回時が止まるほどの静けさを心の中に味わうし、しばらくそれは続きます。

あなたとの記憶から逃げるように付き合った人はいつの間にか束縛が強くなり、その人が消したあなたの写真を古いパソコンから見つけると、4年経った今も例にもれなく心の中で時間が止まります。

でもどうかこの未来を恐れないで決断してほしい。

長い歳月がかかるし、その過程では必要のない感情も、感性を汚すような感覚も思い出も引き連れて一緒に時を経てしまうけれど、

 

(未完)

掴めない自分

昔の自分を見ているようだった。

青臭いな、とか親のように穏やかな心で見るのではなく、

私がいつのまにか失ってしまった自分の率直な感性を彼女は持っていた。

 

あ、やられる。と思った。

 

多分彼女は私が認めてもらいたいがそれが叶わない全てのものから認められるだろうし、私が立てない場所にするりと入ってしまうのだろう。

そしてそれによる1番の恐怖は、自分もかつてその感覚を相手に与えていたということを、その鋭さを失った今気づいてしまったから。

 

周りから面白い、変なやつだと言われ、それが何故だか自分にはわからなかったが誇らしくも思っていた自分の感性はいつの間にか面白いやつになろうなろうと考えている思考力の強さに負けてどこかへ消えてしまった。

 

私は周りに人がいると自分を失う。

1人の時は自分だけに意識が向かう。何を考え、何を決断するか。自分が何を欲していて何を恐れるか。

それはスキーで、下山する山のレベルを推測る感覚と似ている気がする。今の自分にこの角度の山は降りれるだろうか。

 

だが、人といると途端、思考をやめる。周りの人が降りていく山なら私も多分降りられるだろうし、意識せずとも体が誰かの背後についていく。

無心でいて、気づくとまた入り口付近のリフトの前にいる。無闇に足をぶらぶらさせながらまた山を登っていく。

 

私はいつから自分で下山する山を選ばなくなったのだろう。

愛の麻痺

 今振り返るとそれはすごく自然に始まった出会いで、少しの緊張と勇気を含有しながら、それでいて無理がなく2人くっついた形だったように思う。

特に無理して自分を魅せるわけでもなく、それでも自然過ぎることなく確実に相手の存在を意識はしていた。

田町のカフェで突如エピローグへ向けて始まったあの5月はあまりに自然でそれでいて高揚感に満ちていた。

お互い受験生だったから遊び呆けるわけにも行かず、それでも一緒に勉強している時間は確実に愛の時間だった。

美大志望だった指先が鉛筆を通して紙をなでる。その眼の先には私がいたり、いなかったり、いない時は側でその彼の鉛の運びを穏やかに眺めていた。

お金があるわけでもなく、進路さえ定まっていない、日々不安のヴェールの下にいた私たちは1番現実から遠い場所にいたし、相手の気持ちをわざわざ確かめるようなこともしなかった。

それでも私の数少ない直感を脳に送っている心臓の核の側にはお互いの存在があって、一緒にいない日が来るのがあまりに不自然すぎてそのことを考えもしなかった。

 

眩しい日々の中にいた。

 

回想する今、瞼の裏にうっすらと光を感じる。

これはヒトの性によって、嫌な記憶が忘却したためではないし、嫌な記憶や、ズンっと心に嫌な不協和音を起こした思い出も確かに脳裏に残ってはあるけど、確実に私は彼と生きていた。

陳腐に、自分の居場所を見つけた、でも自分らしくいられた、ともなんとでも言えるが私はしっかりと自分の口で自分の吐く息を感じて生きていた。

 

人生のジェンガは一度崩すと、次また組み立て上げて遊び始める時、木のピースを抜く手に緊張が加わる。

このピースを抜いたら崩れないだろうか。

倒すことを恐れて絶対に崩れない安全なピースばかり抜いて時を過ごしていると、ゲームを率直に楽しむ心を忘れるし、ジェンガを確実に支えるピースを感じる感覚が鈍ってくる。

私はもうずいぶんと自分の吐く息を感じていない。

指先まで愛で溢れてる

ねぇどんな愛がほしい?

私は大したものはあげられないと思うの。でもね、仕事から帰ったあなたにスープを作ってあげる。

いいことがあった日にはミネストローネ。喧嘩した時にはサンラータン。仲直りの印にはコーンポタージュ。体調が悪い時にはサムゲタン

その代わりにあなたは何をしてくれる??

私をたまにはおんぶしてほしいな。それで築地に新鮮な魚を買いに行こう。市場に美味しい果物を買いに行こう。

唇がくっつくたびに笑顔がもれるキスをしよう。夏の暑い日には指一本の手繋ぎをしよう。記念日には湖畔の側のコテージで一緒に朝日を見よう。

私が遠くを見つめている時はそっと後ろから両腕で包み込んで。そしたら私はよいしょよいしょってあなたの方向いてあごにキスをしに行くから。

あなたが遠くを見つめていたら私は膝かっくんをしようかな。やったな〜って振り向いて怒ったふりをする、あなたの隠れた笑顔に私はまた恋に落ちるだろうから。

ちねこさん

私は丸の内のとある本屋とカフェが合体したところで雑誌をめくっていた。

「ここって本買わなくてもカフェで読めるんですか?」

顔を上げると、若い男性と2人で出かけているのだろうか、華奢な女性が首を傾げて私を見つめていた。

いや、私も初めてでよく分からないんですが…蔦屋書店みたいな感覚でいたので…よく分からないんです、すみません。。

いつもと反対側に分けた前髪が目を横切る。

あぁ、なんで今日に限って不慣れな髪型にしてしまったのだろう。。

それがちねこさんとの出会いだった。